ベレー帽のおじさん その3
いままでだれにもいわないで、自分の胸にこっそりとしまってある話を、束は、画家のおじさんに聞かせることにしました。
それは束がもっと小さくて、五つぐらいのときのことです。
足のわるいおじいちゃんに頼まれて、手紙を出しにゆきました。道に小雪がちらちらとふる寒い日です。
帰ってくると、いろりに薪をくべて、おじいちゃんは待っていました。友達のいない束は、おじいちゃんが大好きです。
だってよく話をしてくれますから。
束はおじいちゃんの横に並んですわると、火にあたりながら、いつもふしぎに思っていることをきいてみました。
いろりがぱちぱちといきおいよく燃えて、からだがぽかぽかとあたたかです。
「おじいちゃん。手紙を郵便箱に入れると、なぜ、あて名のところにいくんだろう?」
おじいちゃんは目を細くしてにこにこと笑いました。
何かおもしろい話をするときのくせです。
きっとおじいちゃんにもこのときが、いちばん楽しいのかもしれません。
「それはねえ束。郵便箱は月や星が美しい夜がくると、ひとりで空を飛んでいって、あて名の家に届け
てくるんだよ」
「ほんと?」
束は大きな目をかがやかせながら、おじいちゃんのいった話を、うっとりとして、聞いていました。
その夜、月の美しい空を、赤い郵便箱が、円盤のように飛んでいく夢を見ました。そしてそれがほんとうのことだと信じていました。
その年の暮れ、話しじょうずで、束の大好きなおじいちゃんは、かぜがもとでなくなりました。